【恋愛偏差値】  
Take.6 予想外の症状
流石にだるまやの女将さんには、「事務所の先輩の家に泊まります」とは言えずに、少々罪悪感があったのだけど、「次の仕事の為の演技合宿に行ってきます」とだけ報告した。






時刻は間もなく22時になろうとしていた。
私は今、下宿先の自分の部屋で泊まり込み用の荷物をまとめ、敦賀さんからの連絡待ちをしているところだ。
一応台本は開いている。開いてはいるのだけど……刻々と近づく約束の時間が気になってなかなか集中できずにいた。






「な、何でこんなに緊張してるんだろっ!べ、別に演技指導して貰うだけなのにっ」






ちらちらと部屋の時計を見つつ、テーブルに置いた携帯をじっと見つめる。
ちなみに携帯は今開いている状態で置いている。別にコレといった意味なんてないのだけど、着信があったらすぐに出られるようにと思っただけだ。
そう。大先輩を数秒でも待たせたくはないという後輩としての善策として。






「こんなに緊張するのは、きっと敦賀さんが“泊まり”とか言うからよ!そ、そうよ!普通に演技合宿とでも言ってくれれば、変に構えなくて済んだのに!!」






ぶちぶちと親切にしてくれる尊敬する先輩をやり玉に挙げる私は、やはりどこからどう見てもダメ後輩だろう。






「敦賀さん。忙しい筈なのに、何で私なんかに付き合ってくれるんだろう?」






ふと湧き上がった疑問。
今回の相手役だから気遣ってということも考えられる。
元々面倒見の良いヒトだし、今までなんか共演さえしないドラマなどの演技の相談だってのってくれた。






「私……やっぱり、敦賀さんに甘え過ぎてる気がする……」






敦賀さんのような役者になりたい、とその大きな背中を目指して頑張ってきているつもりなんだけど、いつも何だかんだ助けて貰っている。
私が迷わないように導いてくれているような気さえして、ずっと高く遥か上空にいるヒトの筈なのに、私が躓いた時には少しだけ振り返ってくれて、手を伸ばして助けるとまでは言わないけど、ちゃんと見守ってくれてるというか、優しい言葉や厳しい言葉を掛けてくれて、私がちゃんと昇っていけるようにしてくれてるような、そんな感覚。






「やっぱり甘え過ぎなのかも……」






何かが心の中で這いずるように廻っていたのだけど、それを確認する前に目の前の携帯が光り出して振動した。






“非通知設定”






いつもと変わらぬその表示を見る度に、私の胸はビクリと跳ねるのだが、それを無視するようにして携帯を手に取って通話ボタンを押した。
聞こえてきたのは、予想通りの低い音と台詞。






『もしもし、俺だけど』






いつもと何ら変わらない敦賀さんの第一声にどこかほっとした私は、そのまま実際にお辞儀をしながら応えた。






「はい。お疲れ様です、敦賀さん」
『うん。最上さんもお疲れ。これから迎えに行こうと思うんだけど準備は大丈夫?』
「はい!バッチリです!」
『そう、それなら良かった。えっと……それで、何処にいるのかな?事務所?それとも下宿先?どこか現場?』
「下宿先です」






そう告げると、敦賀さんは柔らかい声で“分かった。すぐに行くから待ってて”と答えてくれた。
通話ボタンを押して電話を切り、私は何故かほんわり温かくなった胸を少しだけ押さえ、それからもう一度、先程まではちっとも頭に入らなかった台本に目を落とした。
























*


























『俺は別に隠すつもりなんてない』
『だ、ダメよっ!同じ職場でこんなのは、よ、良くないわっ』






彰人は呆れ交じりの溜息をつきながら私に向かってやれやれといった視線を向ける。
けれど、私には私の言い分があって、それを曲げることは絶対に出来ないから、頑として首を横に振り続けた。






『良くないって別に犯罪を犯しているワケじゃないだろう?何でそんなに頑なに嫌がる?』
『だ、だって……貴方は出世コースのエリートなのよ!私はただの部下で……』
『仕事上は上司と部下かもしれないけど、それ以前に君は俺の恋人だろう?』
『そ、それはそうなんだけど……』






ふぅっと長い溜息を耳に届き、私はビクリと肩を震わせた。
呆れられたかもしれないという不安で、彰人の顔を見上げることが出来ない。






『こっち向いて』






彰人の低い声が響き、更に大きく肩を震わせる。
けれども振り向くわけにはいかない。私は大きな音がしそうなくらいに首を振った。






『ほら』
『え……?』






肩に手を添えられ、半ば強引に振り向かされると、彰人は私の顎を取って上を向かせた。
身長差があるからどうしても見下ろされるような形になる。






『君とのことを公表できれば今日みたいなこともなくなるんだ』
『で、でも……』
『君だっていい気分はしないだろう?俺だってそうだ』
『だけど、部長の好意を無下にしたら……貴方の将来が……』






すると彰人は握っていた拳を壁に叩きつけた。
大きな音に身体がビクリと跳ね、それでも私は彰人を見上げ続けた。






『俺の将来が何?それがどうした?』
『だ、だって……』
『真南……俺は自分の事なんかどうでもいいんだよ。出世したいワケじゃない。こんな事がある度に君を傷つけるのが嫌なんだ。只でさえ現場の仕事では君に必要以上に心配を掛けてる。だからこそ余計なことで気負わせたくないんだよ』
『彰人……』






彰人は辛そうな顔をしながら、私の顎を持ち上げていた手を降ろして、肩にそっと添えた。






『俺が大切なのは君だ。自分の将来じゃない。それだけは分かって欲しい』
『彰人……私だって、…………あ、貴方を……たいせ……っ……』






言葉に詰まった私を“彰人”がじっと見つめていた。
私の言葉を待つようなその瞳に、突然とんでもない羞恥の感情が沸きあがる。






『真南……?』
『私、わたしも……あ、っと……、え………』






次の瞬間耐え切れなくなった感情が一気に弾けて、私の中の真南が一気に霧散した。
それと同時に“彼”の声が響いた。






「……ここまで」
「っ……」






私の肩に添えていた手を離しながら、敦賀さんは「少し休憩しよう」と部屋の中央にあるソファを指した。






「途中まではホントにバッチリなんだけどね……」






そ、そりゃもう何度もこのシーンを演ってますからっ






「台詞も表情も文句のつけようがないというか、呼吸も俺とよく合ってるし、すごく演りやすいよ」






私も、そう思ってます……というか、単純に貴方の演技に引っ張られているだけというか……






「本当に……あと一言なんだけどね……」






ま、まったくもってその通りで……






「どうしようか?最上さん」
「うっ……」






にっこりと微笑まれているその笑顔がものすごく恐ろしい。
それは暗に「いい加減にしろよ、このヤロウ」と言われているようで……。






「ご、ごめんなさぁああああい〜〜〜〜〜〜〜っ」






とうとういたたまれなくなった私はソファの上で懺悔の叫びをあげ、そのまま突っ伏そうとしたところを敦賀さんの大きな手で止められた。
いつもの如く、額をペチリと押えられて。






「土下座はいいから。謝って欲しいんじゃなくて、どうやって改善しようか考えようってこと」
「改善……?」
「君のその清々しいほどに徹底した“恋愛拒否”。しかも、キス云々以前に、まさか台詞にまで病魔が及んでいるなんて予想外だったから」






私も予想外でした、なんて言ったら今度こそ大魔王が光臨しそうだから、とりあえず黙っておこう。
眠れる大魔王を呼び覚ます必要なんてないし……というか、普通に怖いもの。






「ね、最上さん。その台詞は口にするのも嫌なの?」
「え?い、いえ……嫌だなんて思っては……ただ……」
「ただ?」
「は、恥ずかしいというか……と、とにかく慣れていなくて……」






すると敦賀さんは顎に手を当てつつ頷いた。






「つまり口にする分には平気なんだね?」
「は、はい!」






嫌だとは思ってない。ただ、本当に恥ずかしくて……何か何とも言えないというか……そんな不思議な感覚。






「それじゃ、例の台詞だけ言ってみて?」
「は?」
「だから演技しなくていいから、言うだけ言ってみて?台本見ながらで構わないから。
 学校の授業とかで音読があるだろう?あんなイメージで」
「は、はい。それなら……」






私は既に草臥れかけているページ開いて、手に持ってしっかり書かれている台詞を見つめた。
そして、すぅっと一度大きく息を吸って、台詞の頭から読み上げる。






「彰人。私だって、貴方を大切に思っているわ。嘘じゃない……信じて」






我ながら恐ろしい位の棒読み。
三流大根役者だって……いやいや、小学校の演劇でもここまで酷くは無い筈。






「す、すいません。酷い棒読みでっ」
「いや、ちゃんと言えるなら良かった。むしろ安心したよ」
「え?な、なんでです?」






こんな笑うしかない位に酷い状態なのに?






「いや、もしかして恋愛絡みの台詞自体口に出来ないのかと思っていたから。
 そこまで徹底していたら流石にどうしようかと思ったけど、これなら大丈夫だよ」
「大丈夫……なんですか?」
「あぁ、大丈夫」






自分ではどうしようもないと思っているのだけど、敦賀さんは“大丈夫”だと笑った。
その根拠は何だろうかと気になるけど、敦賀さんがそういうなら“大丈夫”なんだと自然に思えてしまった。






本当に……敦賀さんって偉大……。
私に勇気と自信をいつだって与えてくれる。






「あんまり夜更かしするのも良くないけど、ちょっと頑張ろうか?」
「はい!」






こんなどうしようもない自分でも、敦賀さんは大丈夫だと言ってくれた。
だから私はその言葉を信じて、自分のできる精一杯で答えようと、はっきりと返事をしたのだった。









Next→ Take.7 温かい腕の中で

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【あとがき】


15万HIT記念連載  【恋愛偏差値】


Take.06 予想外の症状


いや本当に曲解思考が楽しくなっております!
そして恋愛に全く抵抗力がない純粋乙女を書いているのが楽しいです!


まだまだ続きます!






作成 2008/07/24 15:03
更新 2008/11/17 23:43
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